No.002 疫病神

 良く考えてみれば、私は神様というものについてほとんど何も知らなかった。
 深く追及していくと宗教に絡んでくる。キリスト教だの仏教だの、世界中には色んな思想があってそれぞれ信仰しているものも違って……。
 色々と考えを巡らせていくうちに辿り着いたのは、

「彼は何の神様なのかしら」

 という疑問だった。
 一言に「神様」と言っても色々いるわけで、彼は(仮に本当の神様だったとするなら)たくさんいる神様のうちの一人という事になる。
 彼自身は、まるで私達人間の上に立っているのは自分一人だけと言っているような……いや、そんな事は一度も口にしていないけれど、態度から何となくそう言っているような雰囲気を醸し出しているのだ。
 もし彼が仮に、仮に本当の神様だったとするなら、一体何の神様なんだろう。
 恋愛の神様とか勉学の神様とか、人を成功に導く神様もいれば、不幸に落とし込む貧乏神と言った神様もいる。
 言うなら彼は、人を厄介事に巻き込む……何て言ったっけ。面倒な事ばかり起こす人を例える言葉でもある、あの……。

「疫病神!」

 そう、それだ。まさに。
 何の関わりもない私をことごとく厄介な事に巻き込んでくれるあの男。
 頼んでもいないのにぺらぺらと、人の不幸ばかりを語る彼は、自分の力を見せびらかしたいだけの、疫病神に違いなかった。

  *  *  *  *  *

「僕は一度も君に危害を加えた事はないはずなんだがね」

 私がここを訪れるのは、大抵が平日の昼間だ。部活動が午後にあった際には夕方になる事もあるけれど、夕飯を作る当番の日だとスーパーに寄らなくてはいけないので、夕方に公園に寄る機会は少ない。

「なのに、そんな言い草はないだろう」

 仲良くキャッチボールをして遊んでいる子供達の元気な声を聞きながら、私はジャングルジムの一番下に腰掛けていた。元々は原色のペンキが塗られていたんだろう、鉄出てきたそれは錆び付いており、とても綺麗だとは言えない。長い間点検されずに放置されている事が見て取れるし、安全性は期待出来ないだろう。

「つくづく罰当たりな子だ」

 部活の練習中に考えていた事を読まれていたらしい。自称神様は大変にご立腹の様子だ。さっきから黙っていればぶちぶちと文句ばかり言ってくる。

 ……そういうところが、らしくないって言ってるのに。

 とは言え、全く何て厄介な力なんだろう。超能力にしたって達が悪すぎる。彼の前にはプライバシー保護も個人情報保護もあってないようなものだ。本当に神様だというのなら納得出来ない事もないけれど、こんな風船のようにふわふわと軽い男が、人間から崇め奉られる対象だなんて認めたくない。

「飛んでっちゃえば良いのに」

 随分気に入っているらしい、そのジャングルジムのてっぺんから。

「雲の上まで」

「僕に死ねと言っているように聞こえる」

「あら、神様は死なないものでしょ? 私はそんなに神様だって事を主張するなら、こんな何でもない公園のジャングルジムなんかじゃなく、雲の上にいたらどうなのって事を言いたかったのよ」

「神様は雲の上にいるものなのかい?」

「普通に考えたら、そうでしょ」

「ふぅん。偏見だと思うけどなぁ」

「…そうね。私も最初は違うふうに思ってたわ。小さい頃、お母さんに『神様はどこにいるの?』って聞いた事があったのよ。お母さんはこう答えてくれたわ」

  「神様はね、あなたの中にいるのよ」

「って」

「へえ。君のお母さんは良い事を言う」

「もちろん、その時は意味なんてわからなかったけど」

「そうだろうね。まぁ、今もだろ?」

「失礼ね」

「君には劣る」

「そのしてやったりみたいな顔が腹立つのよ」

「今日君は僕をまともに見ていないだろう」

「見なくてもわかるわ」

 疫病神。
 一度はこの仮説を肯定したけれど、こう、話している限りではそんなに、災いをもたらすような悪霊染みた存在というよりかは、ただの(マイペースでナルシストで自己中心的な)人間と言った印象しか感じられない。
 ただ、こうして、会話している限りでは。

 こっそりと、鉄パイプの間から彼の顔を覗き見た。
 さっきまでのむくれた声から想像出来るふくれっ面はそこになく、いつもの、どこか遠くを見ているような、不思議な薄い微笑みを浮かべた顔が私を迎えた。

「君のような子供に見惚れられてもちっとも嬉しくないが」

「それは勘違いというものよ。あなたが疫病神じゃない事を認めてあげてたの。疑いが晴れたんだから感謝して欲しいもんだわ」

「君が勝手に思い込んでいただけだろう。………」

「…? 何よ」

 ふと、彼は口をつぐんで公園の外を見やった。その目線を追ってみると、くたびれたスーツを着た中年の男性が、ちょうど公園の入口を通り過ぎて行くところだった。
 その足取りは重く、酷く丸まった背中にはまるで、

「まるで……」

「目に見えない重荷がのしかかっているようだ」

「そうなのね……」

「いや? 今のは君が考えていた事を代弁しただけだよ」

 軽く笑いながら、彼は男性から目を離した。わざとらしい。察して欲しいのか何なのか……。
 そこが、そういうところが、私には見えない事まで見えているらしいところが、どうも。

「まだお昼なのよ」

「たまには昼に帰る事もあるだろう。ヨシミ」

「………」

「気にしちゃいけない」

 怪しくて、堪らないのだ。