No.004 地球最後の日

 今日も私は、いつものようにひだまり公園のジャングルジムに向かって話し掛けるのであった。

ヨシミ「2880年に地球が滅亡するらしいわよ」

「ほう。それは興味深いね」

ヨシミ「何でも、巨大隕石が衝突するんですって」

「へえ」

ヨシミ「今日、部活の子達が話してたのよ。でもね、どこ情報なのかなーと思って調べたら、二十年前に話題になったものみたいだわ。どこから引っ張り出してきたのやら……」

「そう言えばそんな事もあったねぇ。可能性が高いってだけで確実に衝突するわけではないらしいけど。まぁ、当たりはしないだろうね」

ヨシミ「人間はどうしてこう、やれ滅亡だの予言だのって大騒ぎするのかしらね」

「君も人間だろう」

ヨシミ「そうだけど…。だって、隕石の衝突なんて言ったら、回避出来るわけないじゃない。大騒ぎするだけ無駄だと思うのよ」

「ふうん。じゃあ、もし明日で世界が終わってしまうとしたら、ヨシミは最後の一日に何をする?」

ヨシミ「家に閉じこもってるでしょうね。外はおかしくなっちゃった人で溢れてるでしょうし」

「確かに、奇行に走る人間は少なくないだろうねぇ」

ヨシミ「でしょ。最後の日に嫌な思いをしたくないもの。家族と今までの思い出を振り返りながら涙を噛み締めてるわ」

「君みたいな子は欲がなくて感心するよ。貯金を全額下ろして贅沢な思いをするという事なら構わないが、中には法律云々どころじゃないからと犯罪に走る人間も」

ヨシミ「ええ、出て来るでしょうね。恐ろしいもんだわ」

「だから世界滅亡なんてのは人間に予め教えるもんじゃない」

ヨシミ「そうね。ほんとに、そう思うわ。知ろうが知るまいが滅びてしまう事に変わりはないんだもの。恐怖に怯えるよりも、いつもと同じ一日を過ごしたいわ。…ま、本当に滅びるとするなら、だけどね。ノストラダムスもマヤも大騒ぎするだけしといて結局何にも起こらなかったし」

「そういう話を無闇やたらに信じる人間がいるから、話題は後を絶たないんだよ」

ヨシミ「難しいわね……」

「いや? 僕は至って単純だと思うが」

ヨシミ「単純すぎてよ。もちろん、全てに当てはまる訳じゃないけど」

「しかし、君のような人間も、実際その状況に立たされた時には何をしでかすかわからないよ」

ヨシミ「かもしれないわね。冷静な判断が出来るとも限らないわ。……じゃあ、あなたならどうする?」

「うん?」

ヨシミ「地球最後の日に何をして過ごすのかって」

「…あのね、ヨシミ。僕を誰だと思ってるのかな」

ヨシミ「ホームレス?」

「あのねぇ…」

ヨシミ「あ、でも、あなたが神様なら、地球を滅亡させるのもあなたって事になるのかしら。ちょっと止めてよね」

「こら。前にも言っただろう? 僕は神様だけど、この世界を作ったのは僕じゃない」

ヨシミ「そんな事を聞いたような気がしないでもないわ」

「なら、世界を滅ぼすのも僕じゃないはずだろう? この世界を作った者が、意図的にでもない限り自分の創造物を壊してしまうわけがないじゃないか」

ヨシミ「はあ。…で、さっきの質問に戻るけど、あなたは最後の日に何をするのよ?」

「うーん、難しいな。僕なら予め知ってるはずだからね。とりあえずまず思うのは、後処理が大変だなぁって事かな」

ヨシミ「そんな事聞いてないのよ」

「ヨシミ、僕はずっと前から思っていたんだけど、君はその手厳しさをどうにかした方が良い」

ヨシミ「今は関係ないわ」

「友達減るよ」

ヨシミ「大きなお世話よ」

「……まぁ、良いけどね。決まってしまった事なら仕方ない。もし明日、この世界が亡くなってしまうのなら、そうだね、君に全てを話そうか」

ヨシミ「へ?」

「種明かしをして、終わり。次にはまたなかった事になる」

ヨシミ「あなたね、ずっと前から思ってたんだけど、その妙にぼやかして話すの、どうにかした方が良いわ」

「わざとさ」

ヨシミ「友達減るわよ」

「そんなものいない」

ヨシミ「…なんかごめん」

「謝るな。変な敗北感に苛まれる」

ヨシミ「って事は、あなたからその種明かしとやらを聞かないうちは、地球は滅びないって事なのね」

「何だ、君も怖かったのか。2880年なんて生きてちゃいないだろうに」

ヨシミ「自分が生きてきた場所が亡くなってしまうのは寂しいもの」

「それほど大して思い入れもないだろう。今までに比べたら」

ヨシミ「失礼な事を言うのね。ほんとあなたって性格悪いわ」

「恐れる事はないんだよ。始まりあるものはいずれ終わりを迎えるものだ。遅かれ早かれ、原因が何であれ、必ずね。それが自然の摂理なのさ。極端な事を言ってしまうなら、この世界とヨシミのどちらが先に終わりを迎えるかの違いだよ」

ヨシミ「そんな事はわかってるわ。ただね、私は大してかしこくもなければ、死を考える年でもないのよ」

「そうさ、ヨシミの人生はこれからだ。いつ来るかもわからない終わりの事を今から考えてしめやかな気持ちになる必要はない。そんな暇があるなら日々の生活を謳歌するべきだよ」

ヨシミ「ええ。だから、種明かしというやつはしないで欲しいわ」

「約束はしないでおこう」

ヨシミ「あっそ。じゃあ、今日はもう帰るわ。難しい話をして頭が爆発しそうよ」

「是非、見てみたいものだね」

ヨシミ「じゃあね、性悪神様」

 自分から話題を出しておいてそれはないだろう、と私自身も思った。ここまで話が大きくなるとは思ってなかったのもあるんだけど……。
 人生を悟ったような男の視線を背中に感じながら、私はカバンを持って公園を後にした。